近年、高齢化社会の進展とともに、認知症によるさまざまな問題が深刻化しています。
その中でも、不動産に関する問題は、本人だけでなく家族にとっても大きな悩みの種となっています。
厚生労働省の調査によると、日本の認知症患者数は年々増加しており、2025年には700万人を超えると予測されています。
認知症患者が増加する一方で、高齢者の平均寿命は延びており、不動産を所有している高齢者も増えています。
このような状況下では、認知症による不動産問題が社会全体の課題として認識されてきました。
認知症によって、不動産が放置されたり、相続トラブルが発生したりするケースは少なくありません。
このような問題を未然に防ぐために、家族信託が注目されています。
家族信託は、認知症による判断能力の低下前に、信頼できる家族に資産管理を委ねることで、不動産を始めとする資産を守る方法として有効です。
本記事では、この家族信託の設立から信託不動産の売却に至るまでの流れ、注意点、メリット、デメリットについて詳しく解説します。
《補足》
本推計の結果を、平成25年筑波大学発表の研究報告による2012年における認知症の有病者数462万人にあてはめた場合、2025年の認知症の有病者数は約700万人となる
厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)
家族信託:その仕組みと目的
「信託」と聞くと、なんだか難しそうに感じるかもしれません。
信託とは、簡単に言うと、自分の財産を信頼できる人に託し、その人に自分の代わりに財産を管理・運用してもらったり、特定の目的に使用してもらったりする制度のことです。
イメージとしては、預金のようなものです。
銀行に預金すると、銀行がそのお金を預かって管理・運用してくれます。
信託も、同じように、自分の財産を信頼できる人に預けることで、その人の判断で財産を管理してもらうことができるようなイメージです。
家族信託とは?
家族信託は、信託契約を通じて家族・親族の一人または複数を信託の受益者とし、信頼できる家族や専門家を管理者(受託者)とすることで、資産の管理と保護を行う仕組みです。
本人(委託者)が、信頼できる家族など(受託者)と信託契約を締結します。
この契約書に、財産の管理方法や処分方法などを詳細に記載します。
財産の移転
契約に基づき、財産が委託者から受託者に移転します。
受託者による管理
受託者は、信託契約書の内容に基づいて、委託者の財産を管理・処分します。
なぜ家族信託が認知症対策に有効なのか?
認知症になると、判断能力の低下により、財産管理が適切に行えなくなる可能性(銀行口座の凍結や不動産の売却が困難)があります。
本来であれば、所有者本人が家を売ったり貸したりするものですが、認知症が進行すると、これらの決断を適切に行うことが難しくなります。
このようなリスクを事前に回避するために家族信託が有効です。
家族信託では、信頼できる家族(子)や専門家を受託者として指定し、事前に設定したルールに従って財産管理を行います。
・委託者:財産を託す人(父など)
・受託者:財産を預かり、管理・運用する人(信頼できる家族(子)や専門家)
・受益者:財産から生じる利益を受ける人(委託者自身や家族など)
認知症患者が不利益を被るような不適切な財産処分を防ぎ、安定した資産管理を保証することができます。
また、家族信託は、家族間での財産の扱いについて明確な指針を提供し、将来的なトラブルや争いを防ぐ助けとなります。
特に認知症が進行する前に家族信託を設定することで、患者本人の意志が尊重され、安心して生活を送ることが可能になります。
家族信託でできること:不動産の円滑な管理と処分
家族信託を利用することで、認知症の進行が進んでも不動産の管理と処分を円滑に行うことが可能です。
家族信託:不動産の売却
家族信託により、信託設定者(委託者)が認知症になった場合でも、受託者(管理者)が信託の契約に基づいて不動産を売却することができます。
必要な時に適切な市場価値での売却が可能となり、資金の確保や財産の有効利用を図ることができます。
家族信託:不動産の管理・運用
受託者は信託設定者の意向に従って不動産の維持管理や運用を行います。
物件の価値を維持し、収益を最大化することが期待されます。
家族信託:相続トラブルの予防:
家族信託は、不動産の所有権を受益者に移すことなく管理権を委託することで、相続発生時のトラブルを予防します。
受益権は、受益者が信託財産から利益を受ける権利を意味し、管理権は受託者が財産を管理する権限を指します。
信託により、財産の透明性が保たれ、意思疎通が図られるため、家族間の意見の食い違いや誤解を未然に防ぐことができます。
これにより、委託者の意向を尊重しつつ、財産を適切に保護し続けることが可能です。
家族信託を活用する最大のメリットは、委託者が自身の意思で設定した信託契約によって、将来の不確実性に備えることができる点です。
認知症という予測不可能な状況下でも、信託契約に従って財産管理や売却が行われるため、委託者本人だけでなく、家族全員にとっても安心の土台を提供します。
家族信託を利用した不動産売却までの流れ・注意点
家族信託を利用した不動産売却は、通常の不動産売却と比較して、より複雑な手続きを伴います。
信託契約の内容をしっかりと確認し、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることが重要です。
信託不動産の売却を検討されている方は、以下の点についてご自身で整理し、専門家にご相談することをおすすめします。
・信託契約書の内容
・売却したい不動産の状況
・売却の目的
・税金に関する知識
専門家にご相談することで、よりスムーズに売却を進めることができます。
家族信託している不動産売却の流れ
- 信託契約の確認
受託者はまず、信託契約を確認して不動産売却の権限について確認します。 - 市場評価
不動産の市場価値を専門家に評価してもらい、売出価格を決定します。 - 売却準備
物件の状態を整え、必要に応じて売却準備・場合によっては修繕も行います。 - 販売活動
不動産業者を通じて物件を市場に公開し、買い手を見つけます。 - 契約締結
購入希望者との間で売買契約を結びます。 - クロージング
手続きが完了次第、代金の支払いと物件の所有権移転を行います。
家族信託している不動産売却時の注意点
信託契約の条項確認
契約書に定められた条項に従って行動する必要があります。
特に、受託者が不動産を売却する際には、信託目的に沿った行動を取ることが求められます。
透明性の確保
受益者に対して売却活動の進行状況を透明に報告し、同意を得ることが重要です。
税務処理
売却に伴う税金の計算と支払いに注意し、必要な申告を行います。
はい、家族信託で管理されている不動産を売却しても、家族信託自体は継続します。
不動産売却後、得られた売却益は信託の一部として引き続き管理され、信託契約に従って受託者がこれを運用または分配することになります。
信託は、特定の財産を管理するためだけでなく、信託設定者の意向に基づく幅広い目的を達成するために存在するため、不動産の売却が信託の終了理由にはなりません。
信託契約の内容にもよりますが、通常は他の財産の管理や新たに購入した財産の管理など、信託の目的が存続する限り信託は続行されます。
家族信託のメリット・デメリット
家族信託は、認知症や将来の不確実性への備えとして注目されていますが、この制度を利用するにあたっては、そのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。
家族信託は、財産管理の継続性を保ち、相続時のトラブルを防ぐ効果がありますが、一方で設立や維持にはコストが伴うことも事実です。
家族信託のメリット:認知症になっても財産管理が可能
家族信託を設定しておくことで、認知症による判断能力の低下後も、信託契約に基づき受託者が財産管理を続けることができます。
財産が適切に保護され、運用され続けるため、銀行口座の凍結や不動産の売却が困難になるといった事態を防ぎ、安定した生活資金の確保が可能になります。
家族信託のメリット:相続トラブル防止
相続が発生した際に、認知症により遺言が残せないなどの問題が発生すると、遺産分割が困難になることがあります。
家族信託は、財産を事前に信託に移して管理することで、相続時のトラブルを大幅に軽減します。
家族信託のメリット:贈与税対象外
家族信託では、財産の所有権(財産権)は移動せず、あくまで管理の委任が行われるため、このプロセスで贈与税が発生することはありません。
*所有者が亡くなり相続(母・子に承継)した場合の始めて相続税の対象となります。
家族信託のデメリット:費用がかかる・契約時・管理費用
家族信託を設立する際には、法律的な手続きや契約の作成に関連する初期費用がかかります。
また、信託の管理や維持のための継続的な費用も発生する場合があります。
家族信託のデメリット:専門家のサポートが必要
家族信託の設立と管理には、法律や税務に精通した専門家のアドバイスが必要です。
これは適切な契約書の作成や法的な要件の満たし方を理解するために重要であり、専門家への報酬も考慮する必要があります。
家族信託のデメリット:受託者の選定が重要
受託者の選定は非常に重要です。
不適切な受託者が選ばれると、信託の目的が達成されないだけでなく、財産が適切に管理されないリスクもあります。
家族信託のデメリット:身上監護はできない
家族信託は財産管理には有効ですが、委託者の日常生活や健康管理を含む身上監護は行うことができません。
そのため、別途、身上監護を行う仕組みの検討が必要です。
家族信託のデメリット:節税効果はない
家族信託は相続税の節税対策としては直接的な効果はありません。
通常、相続においては不動産と現金の扱いが異なります。
不動産は路線価などの評価基準によって評価されるため、その価値を下げることで相続税の負担を2・3割減らす戦略(現金で不動産を購入・アパート建築)が取られることが一般的です。
しかし、家族信託の場合は、不動産を含む財産を信託に移すことで、相続発生時の財産評価が変わるわけではなく、税負担削減の直接的な手段にはなりません。
ただし、財産のスムーズな移転を支援する効果はあります。
終活の一環:家族信託
終活は、人生の終わりに向けて自己の財産や事務を整理し、遺族に負担をかけないように準備をする活動を指します。
家族信託を利用することで、自身の財産を効果的に管理し、将来の相続をスムーズに進めるための手段を整えることができます。
これにより、自分の意思に基づく財産の分配が保証され、相続時のトラブルや家族間の争いを防ぐことが可能になります。したがって、家族信託は終活プロセスの一部として非常に有効なツールと言えます。
《関連ページ》
終活のやり方:終活は何からはじめたらいいの?
いつ始めるのがいいの?エンディングノートとは?
家族信託のよくある質問
家族信託に関しては、その利用を検討する多くの方が共通の疑問を抱えています。
これらの質問は、家族信託の基本的な概念、設立のプロセス、メリットとデメリット、および運用の実際についての理解を深める上で重要です。
そこで、家族信託についてのよくある質問を取り上げ、それぞれに対する明確で実用的な回答を提供しています。
家族信託よくある質問:認知症になってから家族信託をすることはできますか?
結論から言うと、一般的に、認知症になってから家族信託をすることは困難です。
家族信託は、本人が自分の意思で財産の管理方法を決める契約です。
そのため、契約を結ぶためには、契約内容を理解し、自分の意思で契約を結べるだけの判断能力が求められます。
認知症になると、この判断能力が徐々に低下していきます。
そのため、契約内容を十分に理解し、自分の意思で契約を結ぶことが難しくなるのです。
まだら認知症程度では、可能とも言われていますが、
認知症が進んで判断能力が低下してしまった場合、家族信託ではなく、成年後見制度を利用することが考えられます。
成年後見制度では、裁判所の許可を得て、後見人が本人の代わりに財産管理や身上監護を行います。
家族信託よくある質問:家族信託と後見制度の違いはなんですか?
家族信託と後見制度は、どちらも高齢者や障害者の支援に関連する制度ですが、目的と機能において重要な違いがあります。
後見制度とは?
後見制度は、判断能力が不十分な成人を保護するための法的な手続きです。
認知症や精神障害等で日常生活の判断が困難になった人に対して、裁判所が後見人を指定し、その人の財産管理や日常生活のサポートを行います。
この制度は、本人の保護が主目的であり、本人の意志よりも保護の必要性が優先されます。
財産管理の内容と範囲
家族信託は、 受託者は財産の運用や処分を行うことが可能です。
成年後見制度は、後見人は被後見人の財産を保全し、得た利益を守る役割を担いますが、積極的な資産運用や処分行為は認められません。主な目的は財産の安全管理になります。
相続対策
家族信託は、信託契約で定めた信託期間や信託目的が達成されるまで継続することができます。そのため、委託者の死亡後も、信託契約の内容によっては、受託者が引き続き財産を管理し続けることが可能です。
成年後見制度は、本人が判断能力を失った場合に、その人の代わりに意思決定を行う制度であり、相続とは直接的な関係はありません。ただし、後見人が被後見人の財産を管理する権限を持つため、後見人の判断のもと、資産運用や相続税対策を行うことは可能です。
身上監護
家族信託は、委託者の日常生活や健康管理を含む身上監護は行うことができません。
成年後見制度は、民法により身上保護が規定されており、後見人が被後見人の生活を支えるためのサポートを行います。
家族信託よくある質問:受託者は誰が適任ですか?
受託者の選定は家族信託の成功にとって非常に重要です。
適任者は、信託設定者の意志と財産を尊重し、責任感が強く、信頼できる人物であるべきです。
一般的には、信託設定者の家族・親族や親しい友人が選ばれることが多いですが、複雑な財産管理や特定の専門知識が求められる場合は、法律や会計の専門家、あるいは信託銀行などの専門機関を受託者として選定することもあります。
受託者は、財産の管理だけでなく、受益者とのコミュニケーションも担うため、公平性と透明性を持って行動できることが求められます。
受託者には重大な責任が伴うため、この役割に誰が最適かを慎重に検討する必要があります。
家族信託よくある質問:生前贈与・相続との違いは?
家族信託と生前贈与はどちらも財産管理と移転の手段ですが、その目的と構造には大きな違いがあります。
生前贈与とは?
生前贈与は、個人が生存中に自己の財産を他人に無償で移転する行為です。
この方法は、主に税務上の利点を享受する目的や、相続対策として利用されます。
生前贈与により、財産の所有権が完全に移転し、贈与税の対象となります。
一方、家族信託は、委託者が自己の財産を信頼できる受託者に委ねて管理させる仕組みです。
この信託は主に管理と保護の目的で設定され、委託者の死後も継続することができ、相続時のトラブルを防ぐ効果があります。
財産の所有権は移転せず、管理のみが受託者に移されます。
このように、家族信託は管理と保護のために、生前贈与は所有権の完全な移転と税務対策のために用いられる点が異なります。
家族信託よくある質問:どのような財産を信託できますか?
家族信託では、原則として処分可能な財産であれば、ほとんどのものを信託財産にすることができます。
・不動産: 土地、建物、マンションなど
・金融資産: 預金、株式、債券、投資信託など
・動産: 車、美術品、コレクション品など
・権利: 著作権、特許権など
信託できない財産の例として、
・身体に関する権利: 例えば、臓器など
・公法上の権利: 例えば、選挙権など
・将来取得する可能性のある財産: 例えば、相続で得る予定の財産
家族信託よくある質問:受託者が亡くなった場合はどうなりますか?
受託者が亡くなった場合、信託契約書に記載されている指示に従います。
多くの信託契約では、受託者の死亡や辞任を想定して、代理の受託者(後継受託者)を指名しておくことが一般的です。
後継受託者が設定されている場合は、その人が新たに受託者として責任を引き継ぎ、信託の管理と運用を継続します。
後継受託者が設定されていない場合や、後継受託者も能力を持たない場合には、信託契約に基づいて新たな受託者を選任する手続きが必要になります。
信託設定者の家族や法律顧問、場合によっては裁判所による介入が必要となることもあります。
家族信託よくある質問:家族信託に向いている人は?
家族信託は、単なる財産管理の手段だけでなく、相続対策、介護対策など、さまざまな場面で活用できる制度です。
家族信託に向いている人は、以下のような状況にある方々です。
家族信託に向いている人:認知症が心配な方
認知症を懸念している方は、将来的に自分の判断能力が低下した際に備えて、信頼できる人物や機関に財産管理を委ねることができます。
家族信託に向いている人:相続で家族間で争いが起こるのが心配な方
家族信託は相続が発生した際に財産が意図した通りに分配されるよう事前に計画することが可能です。これにより相続争いを予防できます。
家族信託に向いている人:高齢で、自分で財産管理をするのが難しい方
高齢になり自分自身での財産管理が難しくなった場合、家族信託を利用して財産管理の責任を信頼できる受託者に移すことができます。
家族信託に向いている人:障害があり、将来にわたって財産管理を任せたい方
物理的または精神的障害を持つ方が、将来的に安定した財産管理を望む場合に家族信託を設定することで、そのニーズに対応することが可能です。
家族信託よくある質問:家族信託は誰に相談すればよいですか?
家族信託に関して相談する際は、専門知識を持つ法律家、特に信託法に精通している弁護士や司法書士に相談することをおすすめします。
これらの専門家は、信託契約の作成、運用、解決策の提供に関して適切なアドバイスを行うことができます。
また、信託銀行の信託部門やファイナンシャルプランナーも家族信託に関する相談に応じることがあり、財産管理や税務の観点からのサポートを提供できます。
信託に関する相談をする際は、相談者の経験や専門分野を事前に確認し、自身のニーズに合った専門家を選ぶことが重要です。
家族信託:記事まとめ
家族信託は、財産管理と相続計画において非常に有効なツールです。
委託者は自身の財産を信頼できる受託者に安心して任せることができ、認知症などの判断能力の低下が心配な方や、相続での家族間の争いを避けたい方に特に推奨されます。
また、家族信託は財産の保護だけでなく、効率的な資産運用と相続のスムーズな移行を可能にします。
ただし、適切な受託者の選定や信託契約の詳細な設計が成功の鍵となるため、専門家との相談を通じて慎重に計画を進めることが重要です。
このように家族信託は、多くのメリットを提供しつつも、その設立と運用には注意が必要です。
身上監護とは、特定の人が他の人の身の回りの世話や健康管理を行うことを指します。
日常生活の支援、医療の手配、その他個人の福祉に関わる全般的な管理と支援が含まれます。
通常、身上監護は親が未成年の子供に対して行うほか、高齢者や障害を持つ成人に対しても行われます。