──本来「住むための住宅」が、いまや投機の器へ
近年のマンション価格高騰の背景として、建築費や円安だけでなく、投機的な購入の増加が静かに市場をゆがめ始めています。こうした動きがどの程度広がっているのか──その実態を示す重要なデータが公表されました。
海外取得3.5%──市場に現れた新たな異変
2025年11月25日、国土交通省が初めて公表した調査結果を見て、ある程度想像していたとはいえ、数字として示されると驚きを隠せませんでした。
それは、東京23区で2025年1〜6月に海外居住者が新築マンションを取得した割合が3.5%に達したというものです。
大阪市は4.3%、そして都心6区(千代田・中央・港・新宿・文京・渋谷)に限れば7.5%に上ります。
数字だけ見れば「3.5%なら大したことはない」と思う方もいるかもしれません。しかし、問題は“割合そのもの”ではありません。
今回の数値は、海外居住者の“個人名義”で購入されたものだけを抽出したデータです。
法人購入・国内在住の外国人・名義貸しなどは含まれておらず、これは“氷山の一角”にすぎません。
そして、この小さな数字の裏側には、東京の住まいが静かに「投機の器」へと変質しつつある現実が見えてきます。
本来「住むため」のマンションが、投機の対象へ変わりつつある
マンションは本来、人が生活するための住まいです。しかし都心部では、この前提そのものが揺らぎ始めています。
とくに千代田区・港区・中央区といった“都心3区”では、
- 同一名義による複数戸購入
- 完成前の転売(いわゆる“転がし”)
- ワンフロアの一括購入→区分で再販売
- 海外在住者と思われる購入者の増加
といった動きが現場で頻繁に確認されています。
こうした再販売は、デベロッパーが提示した価格帯を超えて取引されるケースも多く、市場全体の価格基準を押し上げる要因にもなります。
今回の「3.5%」という数字は、
“海外取得が増えた”という単純な話ではなく、
東京の住宅市場が投機商品化している構造的問題が、ようやく数字として可視化されたにすぎません。
東京23区では短期売買が9.3%──投機化を裏付ける新たな調査
国交省の初調査では、2024年1〜6月に購入された東京23区の新築マンションのうち、1年以内の短期売買が9.3%に達していたことも分かりました。
短期売買は値上がり益を狙った典型的な投機行動であり、海外取得3.5%と合わせて考えると、東京の新築マンション市場が明確に投機化へ傾き始めていることが読み取れます。
特に千代田・中央・港・新宿・文京・渋谷の都心6区では12.2%とさらに高く、実に8戸に1戸が購入から1年以内に転売されている計算です。
「海外マネーが増えた」という表面的な議論ではなく、“売って終わり”という短期志向の資金が市場全体へ流入していることが、価格高騰や空室増加の背景にあると言えるでしょう。
千代田区が異例の「禁止要請」を行った理由
こうした投機的な動きが積み重なり、すでに行政が動き始めています。こうした事態を重く見た千代田区は、2024年夏に不動産協会へ異例の要請を行いました。
内容は次の2点です。
- 引き渡し後5年間は転売不可の特約を付けること
- 同一名義による複数戸の購入禁止
地方自治体としては、非常に踏み込んだ措置だといえます。
千代田区はその背景として、以下の問題を明確に指摘しています。
「投機取引による住宅価格の過度な上昇で、区内に住みたい人が住めなくなる」
「居住実態のない住戸が増えることで、管理組合運営に支障が出る」
投機化が進めば、
- 実需層の排除
- 家賃の上昇
- コミュニティの崩壊
- 空室の増加
- 修繕積立金の滞納
- 管理組合の機能不全
といった深刻な影響が確実に拡大していきます。
「海外取得=価格高騰の主因ではない」しかし副作用は無視できない
国交省は、
「国外に住所がある者が2億円以上の超高額物件を特に活発に購入しているわけではない」
「海外取得が価格上昇の主因とは言えない」
と説明しています。
確かにマンション価格の上昇には多くの要因が絡みます。
- 建築コストの上昇
- 材料費・人件費の高騰
- 円安
- 用地価格高騰
- 国内外の富裕層の増加
- 投資需要全体の拡大
しかしそれでも、海外資金が投機的に動くことで市場が過熱し、結果として価格の“天井”が引き上げられることは避けられません。
実際に新宿区では、海外取得率が
1.7% → 14.6%(わずか1年で約9倍)
へと跳ね上がっています。これは単なる物件構成の違いだけでは説明しきれない急増です。
“不在オーナー”の増加は、マンションを確実に荒れさせる
投機資金流入の副作用として、価格以上に深刻なのが「不在オーナー」の増加です。
- 空室が増えて防犯性が低下する
- 修繕積立金の未納が増える
- 管理組合の機能が低下する
- 理事会が成立しない
- コミュニニティが崩壊する
マンションは「所有者全員が共同で運営する仕組み=管理組合」で成立する住宅です。
しかし、投機目的で購入したオーナーは、理事会に出席せず、管理に無関心で、修繕積立金も最低限のみ負担というケースが非常に多くなります。
目的が「売却益」である以上、長期修繕や運営への関心が薄くなるのは当然の流れです。
さらに、転売を前提とする投機では、
「入居者がついていると売りにくい」
という理由で、あえて賃貸に出さず空室のまま保有するケースが極めて多いのが実態です。
投資の観点では合理的でも、街から見れば明らかに不利益です。
結果として、
「人が住まないマンション」は、もはやマンションとして成立しなくなる。
防犯性は落ち、共用部は荒れ、修繕積立金は不足し、建物価値そのものが下落していきます。
さらに、人が住まなければ周辺の経済活動にも明確な悪影響が出ます。
東京都心は「住むことで街が回る」仕組みの地域です。空室の増加は、そのまま街の衰退につながります。
実際に都心の一部では、
“外観は高級マンションなのに、夜は半分以上の部屋が真っ暗”
という光景が珍しくありません。これは香港・ロンドン・バンクーバーなど、海外投機の影響を受けた都市とまったく同じパターンです。
千代田区が最も懸念しているのは「税収が増えない」こと
そして、千代田区として見逃せない最大の問題は、「税収が上がらない」という極めて現実的な点にあります。
投機目的の所有者は、その物件に住みません。住民票を置かないため、住民税は一切入りません。
つまり自治体にとっては、“所有されているだけの空き家”が増えている状態です。
マンション売買は活発なのに、人が増えず、経済活動も増えず、税収だけが増えない。
この“アンバランス”こそが、千代田区を最も悩ませている構造的問題です。
千代田区が守ろうとしているのは、街としての機能・コミュニティ・住む人の生活基盤そのものです。
都心は“住む街”から“お金を置く場所”へ
今の都心新築マンションの価格は、サラリーマンが手の届く水準をはるかに超えています。
港区・中央区では、
- 2LDKで1.5億円
- 3LDKで2〜3億円
といった物件が珍しくありません。
海外資金が主因ではないとしても、投機需要が価格の“天井”を引き上げていることは確実です。
こうして都心は、本来「働く人が暮らす街」だったはずが、いまや“資産を置く場所”へと姿を変えつつあります。
必要なのは「海外締め付け」ではなく、投機抑制の仕組み
ここで誤解してはいけないのは、問題の本質は“外国人が買うこと”ではないという点です。
日本人であっても、短期売買を繰り返して市場を過熱させれば、同じ問題が起こるからです。
必要なのは、国籍ではなく「投機行為そのものを抑制する制度」です。
- 短期転売への課税強化
- 同一人物の複数戸購入制限
- 完成前転売の原則禁止
- 不在オーナーへの管理義務強化
- 外国法人の実態把握の義務化
千代田区の要請は、いわばその“先駆け”といえる対応です。
記事まとめ:いま必要なのは「住宅を住宅として守る」視点
今回の国交省の調査は、単なる数字の発表ではありません。
「東京の住宅市場が実需から乖離し始めている」
という事実を、国が初めて明確に示した点に大きな意味があります。
投機そのものは否定されるべき活動ではありません。しかし住宅までが完全に投機化すれば、街は荒れ、住む人がいなくなり、都市は衰退します。
マンションとは本来、人が生活するための場所です。
それがいま、“資産を転がすための商品”へと変貌しつつあります。
いま私たちは、その転換点に立っています。
国や自治体がどこまで踏み込んだ対策を打ち出すのか。
そして私たち生活者が、この問題にどれほど関心を向けられるのか。
東京の未来は、その選択にかかっています。





元メガバンク融資課出身、バブル時代に不動産コンサルティングに従事し、2000年、会社設立後、底地ビジネス・事務所の立ち退き裁判等も経験した宅建士と共に立ち上げ、現在、不動産にまつわるサービスの紹介、口コミ・筆者の感想を加え紹介しています。【メディア掲載】フジテレビ系『Mr.サンデー』『健美家』『住宅新報】』等